徒然にアロマ日々の出来事について載せていこうと思います。
昨日は、毎年恒例のお伊勢さんへお礼参り。
外宮~猿田彦神社~内宮~伊雑宮の順にお参りしました。
様々な歴史の背景を知るようになったのは大和橘から始まった興味からでしたが、様々な繋がりに、今はただただ驚くばかりです。
  天照大神を鎮座とする伊勢神宮内宮を建立したのは、第11代天皇垂仁天皇の第4の皇女、倭姫命(斎宮、巫女のような)。
  そして、伊雑宮は天照大神のお供え物を採る所として倭姫命が定めたそうです。
その倭姫命、実は『穴師坐兵主神社』も天皇の御膳の守護神としてお祀りしたのが創建。
 そして、垂仁天皇の皇后であり、倭姫命の母である日葉酢媛命の葬儀に殉死者の代わりに埴輪の制を案出したのが野見宿禰。そこから埴輪が始まります。(日本書紀)
 日葉酢媛命の日葉酢は何故か『大和橘』を連想させます。野見宿禰神社の脇に早実を見せた大和橘の稚木を思い出します。
  日葉酢媛命の父は丹波道主命(たんばのみちぬしのみこと)
 穴師坐兵主神社のご祭神、大兵主神=天日矛は新羅から但馬に留まり、子孫、但馬諸助→但馬日楢杵→清彦→田道間守と続いていきました。
丹波・丹後・但馬を三丹と総称する事もあり、繋がりを感じます。
そして、倭姫命が伊勢神宮を創建するまで、天照大神の神体である、三種の神器の八咫鏡を元伊勢に奉斎しましたが、その元伊勢も丹後国一宮。そして、後に甥である日本武尊に三種の神器の草薙剣(くさなぎのつるぎ)を渡しています。
 
 日本武尊の妃は弟橘媛(おとたちばなひめ)であり、千葉県茂原市本納には、玉浦に渡った日本武尊が、橘の木を媛の墓標としたことを由来としている橘樹神社がお祀されています。
長くなりましたが、お付き合いありがとうございました。
まるで繋がっていないような断片を生きていても、長い歴史を眺めていると繋がりが見えてくるかもしれませんね。
ご先祖様に感謝。
あ、おかげ横丁の香りの店、くつろぎ屋さんに『やまとたちばな』のお香がありましたが、感想はまた。
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